畝から引き抜かれたカブは、見慣れない扁平な形をしていた。「変わった形でしょ。これが特徴なんですよ」。生産農家の音羽正司さん(54)=大津市栗原=が笑みをこぼした。
「幻の伝統野菜」と呼ばれていた大津市特産の近江かぶらは、平らな形と、緻密な肉質と甘みに特徴がある。漬物に合い、煮込むととろっと柔らかく、炒めるとしゃきっとした食感も楽しめる。
400年以上の歴史を持つという。享保年間(1716〜36年)、京都・聖護院の篤農家、伊勢屋利八が近江国から近江かぶらの種子を持ち帰って改良を加えたのが、京野菜の一つ、聖護院かぶらだともいわれる。近江かぶらは、聖護院かぶらのルーツということになる。
江戸時代から1965年ごろまで、大津市尾花川を中心に栽培され、同市内で漬物の材料として生産されていた。しかし次第に品種改良された種にシェアを奪われた。生産しているのは、老舗漬物店「八百與」(同市長等2丁目)と契約栽培する農家1軒だけとなっていた。同店名物の「長等漬」は近江かぶらやキュウリなどの粕漬けで、大正時代から昭和初期にかけて宮内省御用達だった。
大津にも誇れる伝統野菜があるとPRしようと、市は2009年、県とJAレーク大津(同市)と協力し、県農業技術振興センター(近江八幡市)で保存されていた種子を使って近江かぶらの試験栽培を始めた。当初は交雑が原因で近江かぶらの特徴である扁平な形のものは少量しか採れなかった。それらを選別し、純化を進めることで安定して本来の特徴的な形を持つ近江かぶらが採れるようになった。
復活を目指して10年目。本年度から、農家による念願の出荷を目指した栽培が始まった。昨夏の豪雨で種まきが遅れ、出荷も後ろ倒しになったものの、音羽さんの近江かぶら約100株が、大津市和邇中の「道の駅 妹子の郷」で販売されている。取り組みが実を結び、県は昨年、原産地が県内で明治以前から歴史があり、見た目や形などに特徴がある特産的な野菜が選ばれる「近江の伝統野菜」に近江かぶらを認定した。
音羽さんは「伝統を守っていかないと、という使命感がある。多くの人に食べてもらうために生産拡大していきたい」と、今後の普及に意欲を見せている。 |